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沿革

1888年(明治21年)7月、磐梯山が爆発し多数の死傷者を出す大惨事となりました。磐梯山噴火の際、赤十字が行った平時における救護活動により、県民にも県当局にも赤十字加盟の機運が盛り上がり、その翌年1889年(明治22年)6月20日、福島県委員部が設置されました。
その5年後の1894年(明治27年)1月2日、社員数が1,000名を超えたことにより福島県委員部は福島支部と改称されました。
日本赤十字社福島県支部は、支部創設以来「人道」を基本理念に国際活動、災害救護活動、救急法等講習会の開催、医療事業、血液事業、赤十字奉仕団、青少年赤十字、社会福祉事業などさまざまな活動に取り組んでいます。

日本赤十字社平時救護発祥の地

1888年(明治21年)7月15日、磐梯山が突如大爆発し死傷者500余名を数える大惨事となりました。この大惨事に対し、日本赤十字社は医療救護班3名を派遣し、地元猪苗代町の医師ともども日夜の別なく診療、治療の活動を展開しました。

世界の赤十字は、当初戦時救護を目的として誕生しましたが、その後平時救護を正式に赤十字活動に加えることとしたのは、国際機関である国際赤十字・赤新月社連盟が設立された1919年以降であり、磐梯山爆発における救護活動から30有余年もあとのことでした。

このことからも磐梯山爆発における救護活動は、赤十字平時救護の先駆的な例として歴史的に注目されています。日本赤十字社福島県支部創立100周年にあたり、先人の発揮された情熱と偉業をしのぶとともに赤十字活動の発展を祈念し、平時救護のゆかりの地(毘沙門沼=耶麻郡北塩原村)に記念碑を建立しました。

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